勘ちゃんのひらいもんち ー7

あれは90年前後だったかな、80年代の終りか90年代初頭。昔関係していたユーカ団で佐世保の米軍基地に行ったのだ。慰問や将校クラブ出演では無く年に何度か基地を開放するフェスティバルであった。まぁ住民への機嫌とりみたいなもんですな。案外フェスティバルの費用は我々の税から出てたりして。ま、そこでギャラもらって来た私が云うのも何なのだけれど......。
米軍基地内に足を踏み入れたと云うだけで色々見て回る訳も無く楽屋として与えられたテントで脱力していると当時のローディーがやって来て云う事にゃ「鬼太郎の親父のTシャツが売ってますよ。」縁日の様に露店が沢山出ていて見付けたのだと云う。私はアニメおたくでも何でも無いが、貸本「墓場鬼太郎」以来、水木しげる先生モノにはとても弱い。早速ローディーに案内を乞うた。はぁ、あるある。色んな色が。岐度鬼太郎のもねずみ男のも有った筈だが何故か親父のTシャツ全カラーを購入。他のを買わなかったのはデザインに問題が有ったのか、いくら何でも全種類おとな買いは恥ずかしかったのか、今となっては分らぬ。今思えばその頃は機材車も動いていたので全部買い占めれば良かったのだ。何故か?着心地がめちゃんこ良いのだ。現在は赤色おやじTシャツ1枚が残るのみなのだが、永年の使用に依り第2の皮膚と化してしまっているのです。おしゃれ着としての機能は兎も角、就寝時にこれ程ふさわしいTシャツはこれ以外に後二枚しか保有しておりません。又、これから育てるに良い素質のTシャツも余り無い。表に着て行く為のTシャツは寝間着には向かぬ。この得難いヘラヘラ感は中々無いのだぁ。勿論水木プロ(C)マーク等一切無し。治外法権やでな。


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「ね、良いでしょう......。」
あ、そうそう、この時のトリは酒井法子ノリピーさん。我々の演奏が終わると一挙にお客が増えたのが印象的でしたな。ヒヒ。

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